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大阪高等裁判所 昭和59年(行コ)18号 判決 1985年11月29日

控訴人(原告) 清水寺 外一八名

被控訴人(被告) 京都市京都市長

主文

一  原判決中、被控訴人京都市に対する控訴人らの請求を棄却した部分を取消し、右訴えを却下する。

二  控訴人らのその余の控訴を棄却する。

三  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人ら

1  第一次的請求

(一) 原判決を取消す。

(二) 本件を京都地方裁判所へ差戻す。

2  第二次的請求

(一) 原判決を取消す。

(二)(1)  被控訴人京都市(以下被控訴人市という)は昭和五八年一月一八日制定した京都市古都保存協力税条例(以下本件条例という)が、無効であることを確認する。

(イ) 前項の予備的請求

被控訴人市は、控訴人らに対し、本件条例を施行してはならない。

(ロ) 前項の予備的請求

被控訴人市は、控訴人らに対し、本件条例に基づく古都保存協力税(以下本税という)を新設してはならない義務を負うことを確認する。

(2)  被控訴人市は、控訴人らに対し、京都市文化保護特別税条例(昭和三九年六月八日条例第四三号、以下旧条例という)に基づく文化保護特別税(以下旧税という)と同種の税に関し、自治大臣への許可申請、条例の施行など、その新設にかゝる一切の行為をしてはならない。

(イ) 前項の予備的請求

被控訴人市は、控訴人らに対し、旧条例に基づく旧税と同種の税を新設してはならない義務を負うことを確認する。

(三)(1)  被控訴人京都市長(以下被控訴人市長という)は、本件条例が無効であることを確認する。

(イ) 前項の予備的請求

被控訴人市長は、控訴人らに対し、本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分をしてはならない。

(ロ) 前項の予備的請求

被控訴人市長は、控訴人らに対し、本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分をしてはならない義務を負うことを確認する。

(2)  被控訴人市長は、控訴人らに対し、旧条例に基づく旧税と同種の税に関し、その税に関する特別徴収義務者の指定、観賞券用紙の交付、その他その税を徴収するために必要な準備行為など、その税の新設にかゝる一切の行為をしてはならない。

(イ) 前項の予備的請求

被控訴人市長は、控訴人らに対し、旧条例に基づく旧税と同種の税を新設してはならない義務を負うことを確認する。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件各控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二主張及び証拠関係

次のように訂正、削除、付加するほか原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  右事実摘示中の「甲原告ら」を「控訴人ら」に訂正する。

二  原判決一五枚目裏五行目の「そのうち」から六行目の「社寺で、」までを「本件条例の別表に掲げられ、」に、九行目の「該当する者、」から一〇行目までを「該当する者である。」に各訂正する。

三  同一八枚目裏六行目の「したものの、」を「したうえ、」に、同一九枚目裏末行、同二〇枚目表一行目の「社寺週辺」を「社寺周辺」に、同二四枚目裏八行目の「名題」を「名目」に各訂正する。

四  同六八枚目表一〇行目の「入猟税」を「入猟税、入湯税、事業所税」に、同七〇枚目表二、三行目の「だまし打ち」を「騙し討ち」に、同七三枚目表一〇行目の「三月」を「四月」に各訂正し、同七四枚目裏九行目と一〇行目を削除する。

五  同七五枚目表六行目の「したがつて、」を「そして」に、同七六枚目表二行目の「に処分」を「全部に特別徴収義務者指定処分」に各訂正する。

六  同九五枚目表四行目の「原告らのうち」及び一〇行目の「原告らは、」を各削除する。

七  同九六枚目表三行目から六行目まで、七行目の「(二)」及び「自治大臣の許可があつても、」、裏三行目から同九七枚目表五行目までを各削除し、六行目の「3」を「2」に訂正し、裏一行目から七行目までを削除し、八行目の「(三)」を「(二)」に、同九八枚目表一行目の「(四)」を「(三)」に各訂正する。

八  同九八枚目裏九行目から同一〇二枚表一行目まで、同一〇五枚目裏九行目から同一〇八枚目表四行目までを各削除する。

九  同一二〇枚目表九行目の「本件」を「原、当審の訴訟」に訂正する。

一〇  控訴人らの主張

1  本件条例制定後昭和五九年七月二八日自治大臣に対し地方税法六六九条の許可申請がなされ、同六〇年四月一〇日「本税の実施は昭和六〇年六月一〇日以降とすること」の条件付きで同大臣の許可が出され、右許可に併せて自治事務次官から被控訴人市長に対し「本税の適正、円滑な実施を図るため一層の努力をされること」という通知がなされた。

2  被控訴人市長は、昭和六〇年七月一日、同市告示第六七号及び同日付指定書をもつて控訴人清水寺外三六名を本税の特別徴収義務者に指定、通知し、同年七月一〇日本件条例を施行した。

3  本件条例の無効確認を求める訴えについては、前記自治大臣の許可により条例の処分性が具備され訴訟要件の欠缺が補正されたから、審級の利益を当事者に享受させるため、民事訴訟法三八八条により右訴えを原審に差し戻されたい。

本件条例の施行差止を求める訴え等は、処分性の要件が完備した以上、無効確認を求める訴えに吸収された。

4  本件覚書に基づく訴えについては、原審における控訴人らの再三にわたる強い要求にも拘らず一人の証人も採用されず、実質的審理を経ず審理不尽のまゝ控訴人ら敗訴の判決が言渡されたのであるから、民事訴訟法三八九条により原判決を取消したうえ右訴えを原審に差し戻されたい。

二 被控訴人らの主張

1  控訴人らの当審における右主張のうち、1、2、の事実は認め、その余は争う。

2  本件条例が拝観者及び文化財を観賞に供する者等のいずれに対しても直接具体的な法律効果を及ぼさない点は、自治大臣の許可の有無には関係がないから、右許可がなされても本件条例は、抗告訴訟の対象たる処分となるものではない。

3  本件条例は、既に公布され、特別徴収義務者指定処分も行われたから、控訴人らは同処分に対する不服の訴えを提起することができ、本件条例の有効無効は、右訴えの前提事項たる争点にすぎず、ことさら独立の訴えとして認めなければならない理由も必要性も存しない。

したがつて、本件条例の無効確認を求める訴えは訴えの利益を欠いており、又本件条例の施行等の事前差止請求ないし税の新設及び特別徴収義務者の指定処分をしない旨の不作為義務確認の訴えは、前記事由により無意味となつたから、同様に訴えの利益を欠く。

4  控訴人らの被控訴人市に対する旧税と同種の税の新設にかゝる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認を求める訴えについても、本件条例が施行され特別徴収義務者が指定された現在では、独立の訴えとして認める必要がなく、訴えの利益を欠く。

5  被控訴人市長に対する旧税と同種の税の新設禁止ないし新設禁止義務確認を求める訴えは、当事者能力を欠き不適法である。

6  以上のように控訴人らの本件各訴えは、すべて不適法であるから、直ちに却下されるべく、控訴人ら主張のように原審に差し戻す必要はない。

理由

一  請求原因1ないし3の事実(たゞし、同2の事実中、被控訴人市の「文化保護特別税の実施に当たつての基本方針」が、旧税をめぐる紛争を解決するための契約の申込みにあたるものであつたこと、この申込みを受けた社寺側が、被控訴人市の書面による契約申込みを受諾することとし、その結果、昭和三九年七月二六日控訴人ら代表者一一か寺と被控訴人市、高山市長との間で本件覚書が作成されたこと、高山市長は、その際、被控訴人市の代表者として、かつ被控訴人市の機関である行政庁すなわち被控訴人市長として本件覚書に調印したこと、高山市長が旧税に憲法違反の疑いのあることを認めていたこと、(二)(14)の事実(契約の成立と当事者、契約の内容、当事者の認識)、富井市長が本件覚書の有効性とその法的拘束力を認めていたこと、被控訴人市では、代表者である市長はもちろんのこと理財局長をはじめとする当局も、本件覚書の法的効力と法的拘束力を認めていたこと、同3の事実中、被控訴人市長が本件条例の議案の市議会への上程を強行したこと、以上の事実は除く)並びに控訴人らの当審における主張1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二  よつてまず、被控訴人市に対する本件各訴えの適否につき判断する。

1  行政事件訴訟法(以下行訴法という)三条一項は、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟を抗告訴訟と呼び、二項以下において「処分の取消しの訴え」、「裁決の取消しの訴え」、「無効等確認の訴え」、「不作為の違法確認の訴え」の四種の訴訟(法定抗告訴訟)を定めているが、同条が、抗告訴訟の類型を制限するものか、単に例示したにすぎないのかとの点については法文上必ずしも明らかではない。しかし、行訴法は法定抗告訴訟の類型を掲げただけで、抗告訴訟をこれだけに制限する旨の規定をおいていないし、同法三八条一項は、取消訴訟に関する規定のうち同訴訟以外の抗告訴訟に準用する規定を摘示するところ、前記のとおり同法三条一項にいう抗告訴訟とは行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟を指すのであつて、同条二項ないし五項に定めた訴訟のみによつてそのすべてが包含されるとは解されない。そこで、同法三条一項の規定と同法三八条一項の規定とを包括し、かつ総合的に考察すると、行訴法は、抗告訴訟を前記四種の訴訟類型に限定するものではなく、それ以外のいわゆる無名抗告訴訟であつても行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟であつて、訴訟形式において適法である限りこれを認容する趣旨であり、また無名抗告訴訟には、同法三八条一項が適用されるものと解するのが相当である。

2  ところで、控訴人らの被控訴人市に対する訴えは、本件条例が違憲又は違法であることを前提として、(イ) その無効確認、(ロ) その施行の差止、(ハ) 本税を新設してはならない義務を負うことの確認、(ニ) 旧条例に基づく旧税と同種の税に関し自治大臣に対する許可の申請、条例の施行などその新設にかゝる一切の行為の差止、(ホ) 旧税と同種の税を新設してはならない義務を負うことの確認を求めるものであつて、これらの訴えは、普通地方公共団体たる被控訴人市が憲法、法律、条例等に基づき有する優越的地位において、執行機関を通じて行使する行政権、議会を通じて行使する立法権の各行使に対する不服を内容とする訴訟であつて、対等の当事者間における私法上の事項又は私法の適用をうける公法上の法律関係に関する訴訟でないことは、ほとんど自明というべきであるから、右訴えの実質は、公権力の行使に対する不服の訴訟である抗告訴訟((イ)は法定抗告訴訟、その他は無名抗告訴訟)の類型に属するものというべきである。

3  控訴人らは、前記(ニ)、(ホ)の訴えは、民事訴訟もしくは公法上の当事者訴訟として提起したと主張するが、その実質が前記のとおり公権力の行使に関する不服を内容とするものである以上、民事訴訟ないし公法上の当事者訴訟としては許されず、当事者の主張の如何に拘らず前記のとおり無名抗告訴訟として行訴法三八条一項の摘示した取消訴訟の規定が準用されるものと解される。

4  しかるに控訴人らの被控訴人市に対する前記各訴えは、行訴法三八条一項により準用される同法一一条一項の規定に反し、被告適格を有しない普通地方公共団体である京都市を相手方として提起したものであるから、適法な訴訟要件を欠き、その余の判断をなすまでもなく、すべて不適法として却下を免れない。

三  そこで次に控訴人らの被控訴人市長に対する各訴えの適否について考察する。

1  本件条例の無効確認を求める訴えについて

(一)  行訴法三条に定める法定抗告訴訟の対象となるものは、自然人、法人その他の団体を含む個人の具体的権利義務その他法律上の利益に直接的に影響を及ぼす行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に限られるものであるところ、普通地方公共団体の制定する条例は、通常その規定内容が一般的、抽象的であるため、その条例自体の有効、無効は法律上の争訟に該当しないので、無効確認を求める訴えの対象となりえないのであるが、例外として、規定の内容が特定的、具体的で特定個人の権利義務、法的利益に直接かつ具体的な影響を与えるときは、抗告訴訟の対象適格性を有し、無効確認の訴えの対象となりうるものと解するのが相当である。

(二)  これを本件についてみるに、本税は、本件条例二条において定める文化財の観賞に対し、五条に定める場合を除きその観賞者につき課税する(四条)ものであるところ、本件条例にいう文化財とは、本件条例別表に掲げる社寺等の敷地内に所在する建造物、庭園その他の有形の文化財であつて、拝観料その他何らの名義をもつてするを問わず、その観賞について対価の支払を要することとされているものを指すのである。

(三)  本件条例の規定によれば、本税の課税対象は、対価を支払うことを要することとされている文化財の観賞行為であり、納税義務者は観賞者であつて、文化財の所有者が観賞の対価を収納する行為を課税の対象とするものではない。

(四)  もつとも、本件条例は、前記の如く、別表により課税対象の源泉である文化財の所在場所を特定表示しており、右表示場所の社寺は、文化財の観賞者に対する特別徴収義務者に指定されることがありうる点においては、右表示自体によりその権利義務、法的利益に影響を及ぼす可能性の存することは否定できないけれども、右はあくまでも可能性であるに止まるのであつて、これをもつて本件条例が、特定社寺等の権利義務、法的利益に直接影響を及ぼす処分にあたるということはできない。

換言すると、本件条例自体によつては、控訴人らは、何ら特別の義務を負担するわけではなく、本件条例七条及び八条に基づき被控訴人市長により控訴人らが特別徴収義務者に指定された後において始めて控訴人らの権利義務、法的利益に関し直接的影響をうけることになるにすぎない。

(五)  しかるところ、前記のとおり、既に昭和六〇年七月一日、被控訴人市長によつて本件条例に基づき本税の徴収事務を担当する特別徴収義務者の指定処分がなされたのであるから、その後において本件条例による社寺等の権利義務、法的利益に対する影響を排除するには、右指定処分をうけた者がその処分の取消訴訟を提起すれば足りるのであつて、本件条例の無効確認訴訟は、右取消訴訟に対しては処分の根拠である法規の効力を争う中間的訴訟であるに過ぎず、両訴訟の併存を許さねばならない理由も必要もなく、(なお、取消判決は行訴法三二条一項により第三者効を、無効確認判決は同法三三条一項による行政庁に対する拘束力を有するため、相互の判断が牴触するときは、行政庁のみならず多数の関係者に不便と困惑をもたらすことになり、又行訴法三六条によつて、取消訴訟に対する関係では無効等確認訴訟は予防的、例外的及び補充的性質を有すると定められている趣旨なども参照すると、)本件条例の無効確認訴訟は、これを維持すべき訴訟利益を有しないと認めるのが相当である。

2  本件条例の無効確認を求める訴え以外の訴えについて

控訴人らの右訴えは、法定抗告訴訟ではなく、いわゆる無名抗告訴訟に属するものであるところ、右訴訟は、その性質上法定抗告訴訟によつては救済の実を挙げることのできない例外的な場合に限り、補充的に許容すべきものと解されるところ、前記のとおり既に本件条例に対する自治大臣の許可が出され、条例が施行され、これに基づく特別徴収義務者の指定処分も行われた現段階においては、これらを許容すべき必要性がなく、いずれも訴えの利益を欠くに至つたと解するのが相当である。

すなわち控訴人らの求める本件条例の施行の差止、本税を新設してはならない義務を負うことの確認、旧条例に基づく旧税と同種の税に関し自治大臣に対する許可の申請、条例の施行などその新設にかゝる一切の行為の差止、旧税と同種の税を新設してはならない義務を負うことの確認を求める本件各請求は、本件条例の施行前においては法律上意味のある請求とみることもできるけれども、既に前記のような段階にある現在においては、これを維持すべき法律上の利益はなく、すべて訴えの利益が消滅したと認める外はない。

四  よつて、原判決中、被控訴人市に対する控訴人らの請求を棄却した部分を取消し、右部分の訴えを却下し、控訴人らのその余の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九六条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤野岩雄 仲江利政 大石貢二)

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